大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

長野地方裁判所松本支部 平成7年(ワ)39号 判決

主文

一  被告を原告の社員から除名する。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

主文一と同旨

被告の有する原告代表権及び業務執行権を喪失させる。

第二  事案の概要

一  本件は、原告の無限責任社員かつ代表社員である被告が、業務及び収益を専断しているとして、社員の除名又は業務執行権若しくは代表権の喪失の宣告を求めた事案である。

二  原告の主張

1  被告は、昭和四七年五月二二日原告の代表社員に就任して以来、社員総会を一度も開いたことがない。

2  被告は、自身及び同人の妻小野さち子にはお手盛りで手当てを支払っていたが、他の社員には一切配当をしたことがない。

3  被告は、亡小野秀一の相続財産である土地について原告名義で訴訟を提起しては敗訴に終わり、亡小野秀一が築いた原告の名声を落としてしまった。

4  被告は、原告の保有している株式会社八十二銀行の株式を四〇回余にわたり無断で他に譲渡処分しているがその収支を社員に知らせず、さらに、右株式の譲渡には他の社員の同意を得ていない被告に対する自己取引が一二回、妻さち子に対する譲渡が一回含まれており、さらに、昭和五八年一〇月七日に千代田火災海上保険株式会社の株式七六〇〇株を原告から取得しており、これは商法七五条に違反するとともに、原告の営業の部類(株式の所有売買に関する事業)に属する取引を自ら行っている商法七四条違反である。

5  被告は、三菱重工業株式会社の株式二万〇〇三三株、鐘淵科学工業株式会社の株式九一六三株を隠匿している。

6  被告は、平成八年一二月、西村五八一一番地一の土地上に存在する家屋番号五三三番の倉庫・車庫を無断で取り壊し、さらに平成九年七月ころ、右同所の家屋番号五三二番の木造亜鉛メッキ鋼板葺平屋建長屋をそれぞれ無断で取り壊して、被告経営の木曽交通の用途に不正に使用している。

7  被告は、平成七年三月二二日、原告所有の東京都港区南青山五丁目五五番の宅地と同土地上の建物及び四九番の私道持分と訴外山村美寿寿、同東晃共有の右同所三三番、三四番の宅地と同土地上の建物とを交換したが、右山村共有にかかる土地は袋地であり、右両土地の交換は原告にとって不利益な処分行為である。

8  被告の以上の行為は、原告の業務を執行するに当たって、自己又は妻の利益を図る目的でなされた不正な行為である。

9  原告の経常利益は平成元年度から平成五年度まで損失であるが、これをみるかぎり被告が原告の業務を執行するには著しく不適任である。

10  原告の有限責任社員は三名、無限責任社員は小野成人と被告の二人であり、右五名のうち、被告を除く四名中三名が本件訴え提起に同意している。

なお、前無限責任社員小野秀一及び前有限責任社員小野うめ子は、それぞれ死亡しており、小野成人、小野巳代子、島田わか子、小池すが子、小野さち子、被告、家田文太郎が社員たる地位を承継したが、本件訴え提起に右五名の同意得ている。

三  被告の主張

1  本案前の主張

(一) 小野成人は原告の社員ではないので、同人を代表者とする本件訴えは原告適格を欠く。商業登記簿上、有限責任社員となっている小野巳代子及び島田わか子も原告の社員ではない。

(二) 小野成人が原告の社員の地位を有するか否かは画一的に決せられなければならないので、他の全社員を相手方としなければならない必要的共同訴訟に該当するから、本件訴えは訴訟要件を欠く。

(三) 仮に、小野成人が原告の社員であるとしても、同人は、原告の業務執行をせず、社員権を行使しないので、時効により消滅した。

四  争点

1  小野成人は原告の社員たる地位を持つか。

2  被告は原告主張のような除名に値するような不正な行為をしたか。

第三  当裁判所の判断

一  本案前の主張について

1  被告は、小野成人は原告の名義上の社員であり無限責任社員ではない、また小野巳代子及び島田わか子も原告の有限責任社員ではない旨主張する。

(一) 小野成人は、昭和四九年一月、被告及び原告を相手として、被告の代表社員を争う訴え提起したが(横浜地方裁判所川崎支部昭和四九年(ワ)第一八号事件、甲四七)、昭和五〇年九月九日、小野成人、被告及び原告の三者間において、「昭和四三年九月一日作成の定款及びこれに基づく登記簿の記載に異議なきことを確認する。」との和解が成立した(甲四一)。右和解で確認された定款及び商業登記簿謄本においては、小野成人は無限責任社員とされていること(甲一、一七)が認められる。これによれば、小野成人と被告との間では、右和解により、小野成人が原告の無限責任社員であることが確認されたことになるから、被告において、再び小野成人の社員たる地位を争って紛争を蒸し返すことは許されないというべきである。

(二) 小野巳代子及び島田わか子の社員たる地位については、同人らは右訴訟において当事者とはなっていないが、右和解で確認された定款及び登記簿謄本では有限責任社員とされている(甲一、一七)ことが認められる。したがって、被告が小野巳代子及び島田わか子の社員たる地位を争うことも右和解の内容を覆すことになり信義則上許されないというべきである。

2  次に、被告は、小野成人が原告の社員たる地位を有するか否かは画一的に決せられなければならないので、他の全社員を相手方としなければならない必要的共同訴訟に該当するから、本件訴えは訴訟要件を欠くと主張する。被告の主張するところは明確ではないが、本件訴えは被告の除名を求める事件であり、小野成人と原告との社員権の確認を問題としているのではなく、したがって、被告の主張は失当といわざるを得ない。

3  さらに、被告は、小野成人が原告の社員であるとしても、同人は、原告の業務執行をせず、社員権を行使しないので、時効により消滅したと主張する。しかし、社員権は社員としての資格に基づいて会社に対して有する包括的権利であり、会社財産に対して持分としての意味を持つから、会社が存立している限り社員権自体が独立して時効消滅することはないというべきであって、被告の主張は失当といわざるを得ない。

二  被告に原告主張の事由があるか。

1(一)  証拠によれば、次の事実を認めることができる。

小野成人は、原告の決算及び営業状況を知るために、昭和四八年ころから度々被告に対し決算報告書や営業報告書を送付するよう求めていたが、被告はこれに応じなかった(甲一三、一八、三二、)。

被告は、小野成人が原告の無限責任社員であることを認める旨の訴訟上の和解をした(前記一の1)後も、小野成人や小野巳代子、島田わか子の社員たる地位を否定し、小野成人らから原告の業務及び財産の状況を明らかにすることを求められても、さらに社員総会の招集を求められても、社員ではない同人らに原告の業務及び財産の状況について報告する必要はないと言ってこれを拒否してきた(甲一四、一六の1、2、三九)。小野成人は本件訴訟を提起した後も、被告に原告の決算書を送付するよう求めているが、拒否されている(甲三六、三七、八四、八五)。小野成人は、原告を相手として帳簿閲覧等請求訴訟を提起し、第一審(当庁平成六年(ワ)第三三二号事件)、控訴審(平成八年(ネ)第三九〇号事件)、上告審(平成九年(オ)第三七号事件)のいずれでも勝訴したが、被告は帳簿閲覧請求に応じていない(甲四二、五二)。被告は、小野成人や小野巳代子、島田わか子の社員たる地位を否定しているので、同人らに会社の利益を配当したこともない(弁論の全趣旨)。

(二)  右認定事実によれば、被告は、自ら認めた小野成人の社員たる地位を、さらには小野巳代子や島田わか子の社員たる地位をも否定しつづけて、原告の業務及び財産の状況を報告することを拒否していることが認められる。ところで、被告は、原告の無限責任社員かつ代表社員であるから、他の社員から会社の業務及び財産状況の報告を求められたときには、社員総会を開催するなどしてその状況を報告すべき義務(商法一四七条、六八条、民法六四五条、六七三条)がある。しかし、被告は右義務を履行していないのであり、被告には重大な義務違反があるといわなければならない。

2(一)  証拠によれば、次の事実を認めることができる。

原告は株式会社八十二銀行の株式を保有しているが、被告は昭和五〇年一二月二七日から平成四年八月一九日までの間に一二回にわたり合計七万二八六六株を原告から譲渡を受け、また、原告の有限責任社員である被告の妻に対しても三〇〇〇株の株式を譲渡している(甲三三、四六の1、2、五七の1、2)。さらに、被告は原告が保有している千代田火災海上保険株式会社の株式七六〇〇株を昭和五八年一〇月七日原告から譲渡を受けている(甲一一の1、2)。

(二)  原告保有の株式を無限責任社員である被告や有限責任社員である同人の妻へ譲渡することは、会社と社員間の取引いわゆる自己取引にあたると解されるところ、右の場合には、会社の利益を保護する必要から他の社員の過半数の決議が必要とされている(商法一四七条、七五条)。しかし、被告及び同人の妻が原告から株式の譲渡を受ける際、他の社員の過半数の決議がなされたと認める証拠はない。

右の点につき、被告は、個人企業の経営者は、その会社に金銭を貸すなどやりくりしていることは公知の事実であり、原告は現金収入が少ないので、被告が増資払込、老朽化した建物の修理費、退職金などの営業資金をやりくりするために自ら金銭を支出して立替払をし、この立替払分を原告から株式でもって代物弁済を受けたものであり、自己取引にはあたらないと主張し、被告本人もこれに沿う供述をするが、被告が原告に代わって立替払をしたと認める証拠はない。そうすると、原告保有株式の被告及び同人の妻への譲渡は、他の社員の過半数の決議が必要な自己取引にあたるといわなければならない。なお、前記一の1で認定したところからすると、被告は、小野成人、小野己代子や島田わか子の社員を否定しつづけているので、同人らの決議などは必要ないと考えていたのではないかと推測される。

右によれば、原告と被告間の株式譲渡は、小野成人ら原告社員の過半数の決議が必要であるところ、右決議がなされていないので、被告が原告保有株式を勝手に被告及び同人の妻名義に変更して自己又は第三者の利益を図ったものと認めざるを得ない。そうすると、被告には商法一四七条、七五条違反があるといわなければならない。

なお、原告は、被告が株式会社八十二銀行の株式を無断で他に譲渡したことは競業避止義務(商法一四七条、七四条)に違反していると主張するが、被告が原告保有の株式を他に譲渡処分したとしても、それは原告の業務執行の一部としてなしたものであり、競業避止義務にいうところの競業にはあたらないというべきである。

3  以上の事実を総合すると、被告の各義務違反は、「業務執行するに当たり不正の行為をなし」あるいは「重要なる義務を尽くさざること」(商法一四七条、八六条一項三号、五号)に該当すると認めることができる。

4  なお、原告は、上記の他に、被告は無駄な訴訟を提起するなどして亡小野秀一が築いた原告の名声を落としてしまったとか、三菱重工業株式会社及び鐘淵科学工業株式会社の株式を隠匿しているとか、原告所有の倉庫・車庫、さらには長屋をそれぞれ無断で取り壊して被告経営の木曽交通の用途に不正に使用しているとか、原告所有の港区南青山所在の宅地と建物及び私道持分を袋地である訴外山村美寿寿、同東晃共有の宅地及び建物と交換して原告に不利益をもたらした等と種々主張するが、右の被告の行為が除名又は業務執行権若しくは代表権の喪失に該当する事由にあたると認めることはできない。すなわち、被告が訴えを提起して敗訴に終わったとしても、そのことから直ちに原告の名声に傷がついたとはいえないし、被告が三菱重工業株式会社及び鐘淵科学工業株式会社の株式を隠匿していると認める証拠はなく(なお、乙二五、二六によれば、右各株式は原告名義(代表社員は亡小野秀一となっている。)となっており、原告に対して配当がなされていることが認められる。)、また、原告所有の倉庫・車庫、長屋を小野成人に無断で取り壊し、跡地に被告経営の会社の利便に使用しているとしても、そのことから直ちに右行為が除名又は業務執行権若しくは代表権の喪失に該当する事由にあたるとはいえず、さらに、南青山所在の土地及び建物の交換についても、交換した土地は袋地ではなく、建築基準法四二条二項のみなし道路が付いている土地との交換であって(この点については、弁論終結後に原告も二項道路であると認めている。)、右交換行為によって、特に原告に不利益になったとまではいえず、したがって、被告の右交換が除名又は業務執行権若しくは代表権の喪失に該当する事由にあたると認めることはできない。

さらに、原告は、原告会社の経常利益は平成元年度から平成五年度まで損失であり、これは被告が原告の業務を執行するには著しく不適任であるとも主張するが、右事情だけから被告の業務執行が著しく不適任であったと認めることはできない。

三  原告の社員は、無限責任社員が小野成人及び被告、有限責任社員が小野巳代子、島田わか子、小池すが子(前有限責任社員小野うめ子死亡による相続)及び小野さち子である(甲一、六、七)。原告は、前無限責任社員小野秀一が死亡したことにより、家田文太郎も小野秀一の持分を相続したと主張し、除名宣告を求める決議の一人に加えているが、無限責任社員は死亡により退社となるので(商法一四七条、八五条三号)相続の余地はなく、右家田文太郎を除名宣告を求める決議に加えることはできない。しかし、被告及び小野さち子を除く社員四名はいずれも、被告を原告の社員から除名することの宣告を求める決議に賛成をしているので(甲二ないし四)、右決議に必要な過半数の要件(商法一四七条、八六条一項)は満たしているということができる。

四  以上のことから、被告には商法一四五条、八六条一項三号、五号に該当する除名事由があるから、除名の宣告を求める原告の請求は理由がある。なお、原告は、業務執行権又は代表権の喪失の宣告も求めているが、除名は退社原因(商法一四七条、八五条六号)であり、除名が認められると無限責任社員に基づいて与えられている業務執行権や代表権もなくなることは明らかで、除名の宣告の他に業務執行権又は代表権の喪失の宣告をすることは意味をなさない。

よって、主文のとおり判決する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例